加須名物のうどんは、江戸時代半ばに利根川の渡舟場や不動岡にある總願寺の門前で参拝客をもてなし、「加須と言えばうどん」と言われたことから始まった。このうどんは、足踏みや寝かせといった作業を通常の倍以上行い、コシのある歯ごたえとツルっとしたのどごしを実現している。加須市では、まちおこしにB級グルメを発掘しようとこの手打ちうどんを使ったアイディア料理をコンテストで募集。そこで選ばれた料理が「肉味噌うどん」である。手打ちうどんに肉味噌をのせ、その上にさらに温泉卵を乗せたもの。特に若い世代から人気を集めている。「加須市みんなで考えた肉みそうどん」というメニュー名で提供されている。
加須うどん
埼玉県加須市と周辺地域で愛されている郷土のうどんです。五家宝と並び、加須市の代表的な郷土料理であり、「加須の手打ちうどん」とも称されます。
歴史的背景
この地域はかつて、川の氾濫によって肥沃な土壌が運ばれ、小麦の栽培に適した場所でした。そのため、米よりも小麦の栽培が盛んでした。
江戸時代半ば、不動ヶ岡不動尊總願寺の門前でうどんを参拝客に振る舞う風習が始まったとされています。参拝客以外にも特別な祭事の際には、来客への歓待としてうどんが提供されました。この慣習は今でも残り、冠婚葬祭などの大切な行事の際には、うどんが振る舞われます。さらに、春と秋の彼岸や正月には、女性の労働をねぎらう意味で男性がうどんを打つ風習も受け継がれています。明治時代には青縞織りの市が定期的に開催され、関東一帯から人々が集まり、昼食や土産として加須うどんが発展していきました。
また、昔から家庭でもうどんが作られてきました。總願寺には、加須名物の「饂飩粉」を贈った館林城主からのお礼状が残されており、その日付である6月25日が「加須市うどんの日」として制定されています。
特徴
この地域で広く栽培される小麦の地粉を使用し、通常の2倍ほどの手捏ねや足踏み、寝かせる工程を経ています。その後、切り分けられた麺は短時間棒に掛けて干されます。この製法により、加須うどんは強いコシを持ち、加水率も高い特徴があります。
一般的に、店ではもりうどんスタイルで提供されます。野菜天ぷらが添えられたもりうどんが多くの客に人気です。うどんは丼に盛られ、かき揚げがのせられて供されます。めんつゆは猪口に入って提供され、冷たいものと温かいものを選ぶことができます。南蛮系のうどんにはネギを使用したバリエーションもあります。