埼玉県川口市にある旧田中家住宅は、明治から昭和にかけて味噌醸造業と材木商で財をなした実業家、田中徳兵衛が建てた邸宅です。モダンな煉瓦造りの洋館と木造の和館が一体となり、当時の日本の近代化を象徴するような建築物として知られています。
屋久杉などの貴重な材木が使われており、館外には庭園もあって見どころ満載です。2018年には国の重要文化財に指定され、歴史的価値の高い建造物として注目を集めています。
旧田中家住宅は、煉瓦造3階建ての洋館は大正12年(1923)、和館が昭和9年(1934)に完成した歴史的建造物で、2018年(平成30年)12月25日に国の重要文化財に指定されました。川口市内では初の重要文化財指定物件です。
田中家は川口の旧家で、当主は代々德兵衛を名乗りました。江戸時代末期の初代德兵衛は農業を営んだが、2代德兵衛の時代、1871年(明治4年)からは麦味噌醸造と材木商を営んで繁栄しました。現存する住宅は4代德兵衛(1875 - 1947年)が建てたものであり、彼は家業のほか、埼玉県議会議員や貴族院議員も務めました。
洋館は1921年(大正10年)に着工、1923年(大正12年)に竣工した煉瓦造3階建ての建物です。設計監督は櫻井忍夫であり、多くの地元職人が建設に携わりました。ルネッサンス様式の流れをくむ大正時代の本格的洋風住宅で、北側に蔵棟、南に台所を配しています。
洋館は日光御成道に面して建ち、西を正面とし、北から蔵部、主体部、台所部の3つに分かれています。建築面積は合計174.57平方メートルで、外観は化粧煉瓦積み、縦方向の線を強調しています。1階には玄関、家人用の食堂、台所があり、西側突出部は洋間の応接室、2階には座敷、次の間があり、3階には洋間の大広間があり、西側突出部は洋間の「控えの間」となっています。
建物は、3階の大広間などに西洋古典式の内装をほどこしつつ、和風の空間も混在しているのが特徴です。
和館は昭和9年(1934年)に竣工した木造一部2階建てで、寄棟造、桟瓦葺きの建物です。建築面積は160.05平方メートルで、洋館の裏手(東)に接続しています。1階には仏間、次の間、座敷があり、間仕切りの襖を取り払うと37畳半の広大な空間になります。2階には和室と次の間があります。
文庫蔵(旧仕込倉)は木造平屋建て、切妻造、桟瓦葺きで、建築面積は99.15平方メートルです。この蔵は洋館より先に建てられており、明治末年頃の建立とされています。
旧田中家住宅は、洋館、和館、文庫蔵(旧仕込蔵)、煉瓦塀(南塀・北塀)によって構成されています。さらに、敷地内には茶室と池泉回遊式の日本庭園があり、一般公開されています。
田中德兵衞は材木商として、建築資材には強いこだわりを持っていました。洋館2階の座敷に使用されている黒柿は、1万本の柿の木の中から1本という非常に希少な木材です。また、煉瓦は建築現場の近くで専門の職人に焼かせたものを使用し、調度品はヨーロッパから取り寄せたものや、日本の企業に特注したものが内装を飾っています。
旧田中家住宅は2006年に国登録有形文化財、2018年に国指定重要文化財に指定されました。建物の見学や季節ごとのイベントで、市民を中心に多くの方々に親しまれています。
旧田中家住宅の見どころとしてまず挙げられるのは、川口出身の職人たちによる高度な建築技術と質の高いデザインです。また、洋館の調度品はロココ調とジョージアン様式のスタイルを持つ家具によって統一され、迎賓施設としての格式を高めています。
旧田中家住宅は商家としての一面も持ち、かつて携わっていた味噌醸造に関する施設も一部が倉庫として残っています。このように、味噌醸造業の近代化遺産としての価値も併せ持った文化財です。
1階は玄関、応接室、食堂、階段室などで構成されています。玄関は正面の帳場に神棚が設けてあり、土間の床は人研飛び四半敷、腰壁に黒漆喰、天井は折り上げ格天井と和風の仕上げです。応接室は玄関と直結した造りになっており、寄木張りの床、中心飾りのついた格天井を持ち、玄関とは違って洋風の仕上げになっています。階段は3階まで続く縁甲板張りの折り返し階段です。
2階には主人の書斎、座敷、展示室があります。書斎は寄木張りの床に、中心飾りを持つ折り上げ格天井で洋風の仕上げです。座敷の一部には黒檀や希少な黒柿などが建材で使用されており、材木商であった田中德兵衞の木材に対するこだわりが見て取れます。
3階は大広間、控えの間、展示室があります。大広間は迎賓目的で設けられ、ジョージアン様式を基調としつつ、イオニア式の特徴も一部に見られる洋式の部屋です。大広間に隣接する控えの間は客人の休憩スペースであり、客人の逗留も考えて各室の配置が計画されていました。
和館は迎賓のためのスペースで、西側から仏間、次の間、座敷、手洗い場、便所が配置されています。要所に屋久杉や各種一枚板、柾目の建材などが使用され、木材に対するこだわりが垣間見えます。また、座敷の欄間に彫られた松林桂月の作品を基にした彫刻も見どころの一つです。
和館の2階は和室、次の間などで構成され、和室にはかつて奥方のベットが置かれていたと言われています。この部屋には赤漆が使用されており、女性用の部屋として意図されていたと推測されます。2階もまた檜の一枚板などが使われており、高級感あふれる仕上がりです。
敷地内には茶室と池泉回遊式の日本庭園があります。庭園は四季折々の景観が楽しめるように設計され、特に秋には紅葉が美しく、多くの観光客が訪れます。庭園内には、古い石灯籠や手水鉢が配置されており、歴史的な雰囲気を醸し出しています。
旧田中家住宅へのアクセスは、川口駅から徒歩15分程度です。川口駅からバスを利用する場合は、バス停「田中前」で下車すると便利です。周辺には駐車場も完備されています。