元郷氷川神社は、埼玉県川口市元郷1丁目の住宅街に鎮座する神社であり、旧社格は村社です。また、「川口九社」の内の1社としても知られています。正式名称(登記上の宗教法人名称)は他の氷川神社同様に「氷川神社」ですが、他と区別するため、鎮座地名を冠して「元郷氷川神社」と称されます。
古来より「子は全ての宝物にも勝る何よりの宝」と云われ、子孫繁栄は家の幸せの象徴とされてきました。この神社は、子宝(子授け)成就・子孫繁栄に霊験灼たかとされ、「しあわせの宮」とも称されています。
元郷氷川神社は、室町後期に当地を治めていた岩槻方の武将、平柳蔵人が武蔵國一宮氷川神社(さいたま市大宮区高鼻町鎭座)を勧請し、創建されました。平柳氏の領する地は平柳領十五ヶ村と呼ばれ、元郷はその本村でありました。平柳蔵人は自身が治める地域の安寧を祈願し、館を構える元郷に社を建てたのです。鎮座以来、数百年間にわたり地域の鎮守神として氏子に崇敬されてきました。
元郷氷川神社の主祭神は素盞嗚尊ならびに市杵島姫命の二柱の神様です。この二柱の神様は父と娘の間柄であることから、子宝(子授け)成就・子孫繁栄の神として信仰を集めています。「子は全ての宝物にも勝る何よりの宝」であり、子孫繁栄は家の幸せの象徴でもあります。そのため、「しあわせの宮」と称されております。
以下に挙げる御祭神は、明治から大正期における神社合祀に伴い近隣より合祀された神々です:
元郷氷川神社は室町時代後期に岩付城主太田資正家臣である平柳蔵人が夢告により、大宮氷川神社を勧請し創建されたことに始まります。元郷村の鎮守として崇敬を集め、四ノ宮または四郎ノ宮と称されていたといいます。社殿の造営は宝永4(1707年)年、また明治2年に行われました。明治8年3月18日には村社に列せられました。
また、稲荷社、山王社、須賀社などを合祀し、関東大震災により倒壊した神楽殿は昭和元年に再建されました。神饌幣帛料供進社に指定され、昭和44年には本殿の補修や拝殿及び社務所の改築が行われました。平成2年には幣殿の改築や授与所の新築が行われ、令和4年10月18日には御遷座400年奉祝記念大祭が斎行されました。
元郷氷川神社の神徳は以下の通りです:
元郷氷川神社では、以下の年中行事が行われます:
元郷氷川神社の境内には、石造の明神鳥居があり、安政2年の晩秋に国土安全・天下泰平を願い建立されました。また、以下の末社があり、これらは令和2年1月29日に遷座祭が斎行されました:
主祭神が父娘神であることから、元郷氷川神社は子宝成就・子孫繁栄の神様としても広く崇敬を集めています。その御神徳を象徴するものとして、平成30年12月にブロンズ製の犬の母子像「子宝いぬ」が氏子有志により奉納されました。